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24人の人格を持つ犯罪者ビリー・ミリガン!婦女暴行事件を複数犯しながらも、「自分はやっていない!」と主張!?

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彼は24人もの人格を持つ多重人格だった!!

ビリーミリガンの半生!

ビリー
出典:https://www.sankei.com/photo/daily/news/141218/dly1412180025-n1.html

 

《1977年、アメリカ、オハイオ州で3件の連続暴行事件が発生した》

被害者の証言から一人の容疑者が浮かび、採取された指紋も照合。
 
逮捕されたのは強盗の前科があるウィリアム(ビリー)・スタンリー・ミリガン(26)だった。

 

《ビリーは犯行を否定》

自分はやってないという。
 
状況証拠をつきつけられても、弁護士に犯行の記憶がまったくないと訴えた。
 
その後、ビリーは壁に頭をぶつけたり、素手で便器を割ってその破片で手首を切ったりと信じがたい方法で自殺を図る。
 
拘置所では自殺を防止の為に彼に拘束服を着せたが、看守が見回りに来ると、彼はそれを抜け出し枕代わりにして眠っていた。
 
弁護士のゲイリーとジュディーはビリーに精神鑑定を受けさせる事にした。

 

《自分はビリーではない》

さっそく依頼を受けた精神科医のドロシーはビリーと面会する。
 
しかし、その時ビリーは自分は「デーヴィット」でビリーは頭の中で眠っていると言った。
 
最初は演技かと思っていたドロシーだったが4度目の面会で「ディヴィット」から「アーサー」という人格に変わるのを目前で見た時、ビリーは多重人格であると確信する。
 
担当のパーニー・ヤヴィッチ検事立ち会いの元、精神科医のドクター・ハーディングの診断を受ける事になったが、二人の前で次々と年齢、国籍、性別さえも異なる違う人格が現れた。

 

《多重人格が判明》

ビリーは裁判を受ける能力がないと判断され拘置所から病院へと移送された。

 

《なぜ多重人格になったのか》

その後の診断でミリガンは少年時代に義父から虐待を受け、自己防衛の為に様々な人格を作り出した事が分かった。
 
人格が複数生まれ、自分の与り知らぬところで時間が進んでいることにわけの分からなくなったビリーの人格は17歳の時にビルの屋上から飛び降り自殺を図る。
 
しかし、飛び降りる直前にレイゲンが彼を止め自殺は失敗し、長い間眠らされる事となった。

 

《人格が切り替わる瞬間》

人格アレンの証言によると、脳内のスポットと呼ばれる一点を中心として各人格が立っており、スポットに立つ人格が意識を持つ。
 
比較的安全である場所ではアーサー刑務所内や検事署内などビリーにとって危険である場所ではレイゲンがどの人格をスポットに立たせるかを決めるという。
 
なお、このとき各人格は、基本人格ビリーを起こすと自殺をする恐れがあるため寝かせたままだという。

 

《多重人格のため無罪の判決》

ドクター・ハーディングはビリーの人格を1つにする治療の為にビデオテープに撮った違う人格の彼を見せる事にした。
 
そうした治療を繰り返していくことで、人格が少しづつ統合され、ビリーが眠っている時間が減っていった。
 
ビリーは多重人格によって事件を引き起こしてしまったと判断され無罪の判決が下された。

 

《しかし、それだけでは終わらなかった》

多重人格について精神治療を受ける義務を課せられたビリーは様々な医師の治療を受ける。
 
ビリーの人格を尊重し彼の信頼を得て治療を始めたコール医師は、ビリーの数多くの人格が新しく出現した「教師」という人格によってコントロールされていると判断した。

 

《コール医師と「教師」との会話》

コール医師は粘り強く「教師」と会話を続けながら他の人格を眠らせるように頼み、ビリーの中にあるたくさんの人格を徐々に一つに統合させていった。
 
治療の効果があって、ビリーの人格が突然変わることはなくなり、監視付きの外出が許され、母と妹と会うことも許された。

 

《ビリー釈放に反対運動が勃発》

1979年7月、『ビリー釈放か?』という記事が報道されると、釈放反対運動が起き、世論に押される形でビリーはコール医師がいるアセンズ治療センターから出され、監視の厳しい別の精神病院に移されることになった。
 
ビリーは再び精神のバランスを崩し、それまで「教師」によって眠らされていた凶暴な「レイゲン」の人格が現れ、次々にこれまでの人格が目を覚ましていった。

 

《7週間の結婚生活》

1981年、そんな絶望的な状況のビリーに新たな出会いが訪れる。ビリーの以前の精神病院仲間の妹で、タンダという女性だった。
 
ビリーの多重人格を理解する彼女に、ビリーの人格の一人「アラン」が好意を持ち、タンダと付き合い始める。
 
1981年12月、2人は周囲の反対を押し切り結婚
 
しかし結婚してわずか7週目にして、タンダはマスコミの騒動に疲れたとの置き手紙だけを残し、ビリーの前から姿を消した

 

《ショックのあまり多重人格に異変が起こる》

ビリーが絵を売って貯めていた貯金も一緒に消えていた。
 
世間からの非難と愛する人の裏切りにより、大きなショックを受けたビリーは食事を一切取らなくなり眠り続けた。
 
その間に彼の中でとんでもないことが起こっていたのだ。
 
絶食から34日目、「教師」が別の人格一人一人を説得し、深い眠りにつかせていったのだ。

 

《多重人格の克服》

そして最終的に「教師」一人だけが起きている状態になったという。
 
この時ビリーはすでに32歳。
 
ビリーの人格統合による、釈放に焦点を合わせた裁判が行われた。
 
そして1991年、医師はついにビリーが多重人格を克服したと判断し、裁判によりビリーの釈放が決定された。
 
逮捕からすでに13年の月日が流れていた。
 
彼は今、名前を変え、アメリカのどこかで暮らしている。

出典:https://matome.naver.jp/odai/2137977380877696301?&page=1

 

《ビリー・ミリガン死去》

2014年12月12日、オハイオ州コロンバインにある養護施設で、ビリーは癌により死去した。
享年59歳

 

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多重人格ってとても興味深いよね。彼の24人の人格をまとめてみたよ。

 

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