大木亜希子はSDN48の元メンバー
大木亜希子といえば、SKD48の元メンバーであることはファンであれば誰しも知っていることだよね。
ちなみに僕はまったくしらなかった。
そんな元アイドルでもあった子が現在57歳のおじさんと同棲しているんだって。
えっー!
これってもしや、すごいスクープなんじゃないの!?
いまはアイドルじゃないっていっても、元アイドルでしかもSDN48のメンバーだった子なんだよ?
それはつまりお付き合いをしていたってこと?
彼女はアイドルを引退したいま一体どんな生活をおくっているの?
大木亜希子のプロフィール
〇本名:大木 亜紀子
〇生年月日:1989年8月18日(29歳)
〇出生地:千葉県
〇血液型:O型
〇職業:女優、タレント、ライター
〇ジャンル:映画、テレビドラマ、CM
〇活動期間:2005年 –
〇著名な家族:奈津子(姉)
〇事務所:フリーランス
2005年、姉の奈津子と共に知人の紹介でスカウトされて芸能の仕事を始める。
芸能事務所研音に所属し『唐沢寿明 Presents 記憶の力 II』でデビュー。
ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優として活動を始める。
2010年5月15日に、奈津子とともにSDN48の2期生として活動開始。
後に亜希子がセンターの楽曲『淡路島のタマネギ』を発表する。
振付はMAXのNANAが担当。
2011年12月31日の第62回NHK紅白歌合戦にAKB48グループとして出場する。
「紅白2011 AKB48スペシャルMIX~がんばろう日本!~」として「フライングゲット」と「Everyday、カチューシャ」を披露。
2012年3月31日にNHKホールで行われた『SDN48 コンサート「NEXT ENCORE」 in NHKホール』を最後にSDN48を卒業する。
2015年6月6日に、博報堂系列コラムサイトしらべぇ編集部に営業・編集として入社したことを公表する。
芸能活動はフリーで継続する。
2018年4月にしらべぇ編集部を辞して独立する。
現在は多くのWEBメディアでコラムニストとして連載する。
得意ジャンルは金融、アイドル、温泉、餃子、デジタルカメラ、人物インタビューなど。
大木亜希子、会社員になる
SDN48を卒業してからも、芸能生活一本で生活をしてきた大木亜希子ちゃん。
それが、2015に突然会社員との兼業の道を進むことにしたそうだ。
単純に、先行きが見えないタレント業に不安を感じたからだそうだ。
14歳から女優として、20歳を越えてからはアイドルグループSDN48のメンバーとして活動したが、卒業後はやりたいことが見つからずにいたらしい。
そこで彼女が選んだ道、それは「ライター」だった。
飛び込んだ企業では、WEB媒体のライター・編集者・広告の営業担当として働かせてもらったそうだ。
しばらくは、
「アイドル卒業後セカンドキャリアを歩む女性の中では、うまくやっているほうなのでは」
と、優越感に浸っていた。
美貌を武器に西麻布で小遣いをもらい「ギャラ飲み」に励むタレント仲間も中にはいたが、「自分の足で立っている」ことに優越感を感じ、陶酔した。
しかし会社員生活を送り、しばらくすると、今度はメキメキと
「仕事ができる人間だと思われなければ」
「ハイスペ男性と付き合わなくては」
という煩悩が自分を蝕むようになる。
アイドルとしてはセンターを取れなかったが、
「一般職で才能が開花し、『キラキラOL』になっちゃった!」
というシンデレラストーリーを、早急に他者へ見せつけたかったのだ。
そのため毎日、無理やりにハイスペック男性とデートを組んだ。
身体が追いつかずとも男性とのご飯に行き続け、翌日はむくんだ顔で出社して牛丼片手に仕事した。
結果、過度なストレスで20kg太った。
「人生が詰んだ」
そう、彼女の精神は限界のところまで達していた。
大木亜希子、人生詰んだ…
大木亜希子、心療内科に通うようになる。
「なぜ自分はこんなことでへこたれているのか? 芸能界でもっと過酷な経験をたくさんしているのに」
「先生。私ね、アイドルとして武道館にも立ったことのある人間です。こんな、ちょっとしたストレスで自分をこじらせるわけがありません」
当時のカウンセリングの録音を聞き直してみても、信じられないくらい傲慢なことを医者に言っている。
診断は、正式な病名がつくものではなかった。
あらゆる将来への焦り、不満が重なり「一時的にパニック状況が生まれて歩行困難になった」という見解だった。
いよいよ朝も起き上がることができなくなり、会社は辞めざるをえなくなった。
生活の保証もない、仕事もない、彼氏もいない、貯金だってほとんどない。
そこそこ可愛いと思っていた自分は、ある日、いきなり世の中から弾き飛ばされたのだ。
残ったのは、手元にある10万円。
「あ、人生が詰んだって、こういうことを言うんだ」
自分の弱さを呪った。
大木亜希子、57歳のおっさんと同棲
姉から提案されたササポンとのルームシェア
8歳離れた姉から電話があった。
「ルームシェアをしたらどうか」
という提案だった。
一緒に住む相手は姉かと思いきや、まさかの50代サラリーマン。
姉が「ササポン」と呼ぶ人で、一般企業に勤めている。
姉も20代の頃ルームシェアでお世話になった人らしい。
姉は、その一室がたまたま空いている情報を聞きつけ、いくばくか家賃を払い住まわせてもらえばいい、と言う。
ただし、定員は1名。家主と1対1である。
姉は頑なに、
「今のお前は誰かと一緒に住んだほうがいい。とにかく話し相手が必要だ」
と断言。
実際ひとりで住み続ければ光熱費はバカにならないが、「今度引っ越す時は、誰かと結婚する時」というプライドも常々あったので、悩んだ。
しかし、日々の生活を続けるうち貯金が底をつき、生活費は軽減せざるをえない状態になった。
難しいことを考えることが億劫になり、決断をした。
「ササポン」57歳との、奇妙な同棲生活をスタートさせてみたのである。
気を遣わなくていいおっさん。
恋人でも家族でもないおっさん。
そんな人と自分が住むことで、どんな変化が訪れるのか。
その日の夜、帰ってきたササポンは中肉中背なで肩メガネ姿で、高くも低くもないテンションで「ただいま」と言った。
そのまま2人で食事に行くと、ササポンは終始落ち着いたトーンで会話をする、普通の優しいおじさんだった。
「引っ越してすぐにこんなこと言うのもアレですけど、あたし、結婚相手見つけてすぐ出ていくんで。仕事も頑張るんで」
力みながらそう言うと、
「頑張ってね。僕あんまり細かいこと気にするタイプじゃないから、適当によろしく」
と、ゆるく言った。
その温度感が、すげえ楽だった。
ササポンが弾く「別れの曲」に嗚咽を漏らす29歳元アイドル
どうやらササポンはピアノが弾けるらしい。
そんな彼の演奏に心打たれてしまったそうだ。
しかし、一軒家にピアノがあるって、これはお金持ちじゃないと無理だよね。
近頃、「拡張家族」というテーマで50人以上のクリエイター達が共同生活を送ったり、赤の他人同士が集合体となって子育てに励んだりする、「新しい家族のカタチ」が増えていていると聞く。
その事象を借りるならば、ササポンは血のつながりこそないが、確実に家族になりつつある。
大人の関係は一切ない。
そういう愛情は、一切ない。無理。
と、大木亜希子ちゃんは語る。
今年のクリスマス、新年はササポンと過ごすことになるのかな?